狂気の偽装―精神科医の臨床報告 (新潮文庫)
狂気の偽装―精神科医の臨床報告 (新潮文庫)
新潮社 2008-10-28
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おすすめ平均 star
star正しい精神疾患の知識が得られる。
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star臨床医の冷徹な視線

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日本の精神科医による一般向け著作物は大きく二種類に分けられる。筆者が松沢病院勤務のものと、それ以外だ。

「心の病」がある種、作られたブームとなっている側面がある。この数年、「アダルト・チルドレン」「トラウマ」「PTSD」など、聞きなれない精神化の用語がしばしばマスコミをにぎわした(略)何か奇妙な事件がおきると、新しい「心の病」がブームになることも珍しくない。(略)大きな災害が起こると、もっともらしく新聞やニュースで「心のケア」が語られる。(略)さらに最近では、自らの心の病や心の傷を誇らしげに他人に語ることも、しだいに一般的になっている。そこでは、トラウマを持つ事を誇る風潮さえ存在する。(略)精神疾患は、カジュアルなものでも、美的なものでもない。単なる病気である。(略)現在の「心の病」ブームの少なくない部分は捏造されたものである。(略)本書の目的は、精神疾患に関する「ファクト」を明らかにすることだ。(略)

父の暴言が原因で、身体的な暴力行為が全く無いにもかかわらず、PTSDが発症することは医学的にはない。これは全くの誤りである。さらに子供時代の「トラウマ」が原因で、30代になってからPTSDが発症することも有り得ない。

 この麗子さんのケースもPTSDとはいえない。彼女は米兵のように、PTSDを引き起こす危うく死ぬような「外傷」を経験していないからだ。不健全な家族関係だけでは「外傷」として不十分であり、仮に兄からのレイプが事実であったとしてもPTSDとは言えないのである。
 麗子さんの診断は「ヒステリー」または「ヒステリー性痙攣」とするのが妥当

このように実体の無い概念であったにもかかわらず、アダルト・チルドレンという用語は一人歩きし、大勢の信奉者を生んだ。その理由は簡単である。(略)病気の症状や性格の問題を、すべて患者の外部に求めるものだからである。

 トラウマというのは胡散臭い言葉であり概念である(略)1950年代から60年代にかけてアメリカで猛威をふるった精神分析とその亜流の影響は未だに根強い。(略)フロイトの学説に関して不思議な点の一つは、これまでまったく科学的な検証が行われていないこの理論体系が広く人びとに受け入れられている…である。人間はこれほど無批判に、ある理論を受け入れるものであろうか。
 さらに言えば、20世紀後半の高名な思想家と呼ばれる人々は、多かれ少なかれフロイトの流れを汲んでいる。フーコーをはじめとして、構造主義者の多くは、基本的にはフロイト信奉者、フロイディアンなのだ。(略)
フロイトのジャルゴンである「無意識」にも「抑圧」にも「トラウマ」にも実はまったく科学性はない。どういうことかというと、これらは通常の科学的な研究から立証された概念ではなく、フロイトが自分で勝手に決めた理屈に過ぎないのである。(略)フロイトが有能であったのは、人びとがタブーとしていた「性」を上手くマーケットに乗せた点を上げることができるだろう。