およそ古今の和製巨大娘ものを牛乳のCMまで含めてあらかた網羅紹介している書籍だが、序文が浮いてて

リオタールの『ポスト・モダンの条件―知・社会・言語ゲーム (叢書言語の政治 (1))』が邦訳されてから25年以上も経ち、しかもソーカルによってこの理論にダメ出しがされているにもかかわらずいつまでも「ファッション」として使い続けるのはいかがなものだろうか。

サブカルチャー関連では大塚、東、宇野の3人が「大きな物語」を理論構築のバックボーンに用いている

恐らく、こうした批評本の主要な読者は自然科学、特に数学に対する知識がなく、かつ、難解なタームを読みとばし、欠損部分を自分の知識にある類型の概念に置き換えているため、問題に気付かないものと思われる。

戦間期に発達したSF、ミステリといったパズル性の強いジャンル、ミリタリもののように兵器類のスペックが重要視される作品群では、オリジナルのアイデアを商業誌に発表した可能性の高い作家の名前がマニアや研究者の調査によってあらかた分かってしまっているのだ。(略)こうした詳細なデータを持っている研究者の前で「いやぁオリジナルなんて存在しないんですよ」と一席ぶったらどうなるかは想像するまでも無いだろう。そういう次第で『物語論』の中からは何故かSFやミステリ、ミリタリーものへの解説がごっそり抜け落ちるという奇妙な現象が起きる。(略)その反対に神話は民話などの作者が特定できない=オリジナルが分からない古いお話は自説を強化する材料になるので積極的に取り上げる。

んで、彼らのように物語をアウトラインで類型化しても意義は無く、物語内にある(主人公の前に立ちはだかる)不条理や理不尽を抽出してこれを分析すべきというのが筆者の主張。
以後は、巨大娘が登場する映像や漫画が100個位取り上げられて粗筋紹介とこの「不条理解析」を実践する。
ちなみに巨大娘ジャンルは、主人公の視点が定まっていないもの多く(元ネタのゴジラも同様でパニック映画に多いパターン)、ポルノ作品としては例外的、娯楽作品としては致命的、同じサイズの変化でも縮小化の方が無力化と同義なので不条理な事態を起こしやすく話に優れた点が多いそうな。確かに巨大化変身は円谷特撮でも切り札、変身すればもう安心、俺のターン!、解決編、であってこれを発端にするのは難易度が高そうだ。

巨大娘研究〜サブカルチャー批評の終焉と再生〜 (サンワコミックス) (SANWA COMICS No.)巨大娘研究〜サブカルチャー批評の終焉と再生〜 (サンワコミックス) (SANWA COMICS No.)
鳥山仁

三和出版 2012-02-17
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