昨日紹介されてた本。
 意外と言っては失礼だが熱の入った丁寧な取材で面白い本だった(前半は)。よく言われる俗説東京オリンピックソ連のバレー選手のブルマーが格好良かったから」では急速な普及を説明できない*1とのことで経緯の調査を始める。
 まず背景として、敗戦後、GHQからの指令により「民主主義教育の一環としての体育」を目指す事になった文部省は、対外試合は勝利至上主義、精神主義の温床であり民主主義教育を阻害するとして、中学生の県外試合やスポーツ全国大会開催を禁止していた
 一方、当たり前だが、強敵との切磋琢磨無しに強い選手は育たないので、日本陸上競技連盟日本水泳連盟はあの手この手で中学生の全国大会を開きたがる。中学生も参加したがる。
 彼等脳筋一派の野望を挫き民主主義教育の一環としての体育を守るため中学校の校長たちは「全国中学生体育連盟(中体連)」を結成。各スポーツの全国大会開催を防いでいたのであった。
 ところが東京オリンピックにおける日本選手団の不振により状況は一変する。皆が一緒に応援できる強いスター選手の育成を求める国民の声が高まり、文部省もとうとう中学生の全国大会開催を認めたのだ。だがあくまでも教育の一環ということで、こともあろうに文部省は、そもそも全国大会開催阻止のための組織、中体連にも全国大会運営委員会に参画させる。所詮はただの校長先生の集まりであり独自の資金源を持たない中体連は金欠のため陸上連盟や水泳連盟に比べ発言力が弱い。このままでは中学体育に勝利至上主義と精神主義が蔓延り民主主義教育の危機、中学生の危機。どうする!?中体連!?
 そこに颯爽登場するのが日本ブルマー界の坂本龍馬、商社高島の千草基氏*2だ。彼はカンコー学生服で有名な尾崎商事と中体連を巻き込み乾坤一擲打って出る。そのアイデアと活躍は、世が世ならNHKにてプロジェクトXとしてドキュメンタリー化されている所である。おそらく前後編になるだろう。
 一方その頃、もう一人の英雄、日本ブルマー界の西郷隆盛、日本綿毛の小松浩氏も動く…。
 …という営業の経緯が一方の軸。事実かどうかは不明だが関係者に取材しまくってて面白い。昨日は陰謀論とか言ってすまんかった。
 もう一方の軸が、それまで女子生徒の体の線が出ないよう細心の注意をしていた教職員や、当の女子中学生たちが何故、太もも出まくりお尻の形丸見えのブルマーを特段の反対もなくあっさり受け入れたのか?という謎。こちらは東京オリンピックでの(扱いが小さいバレー選手のブルマではなく、扱いの大きい)体操選手のレオタードの影響、および、戦前からのパンツ二枚履きの習慣の延長で、体操着としてのブルマーはともかく女児のスカートの下履きとしてのブルマーは既に一般的だった点を当時の新聞雑誌の写真資料等々から指摘、パンツじゃないから恥ずかしくないもん!説が述べられている。尚、昨日の記事では話の流れの都合上伏せられているが、ブルマの直前にはちょうちんブルマと並び、白の短パンが流行っており、綿の短パンは座るとパンツも見えるし伸びないので破れる事もしばしばで、教育現場には伸縮性あるジャージ製品の潜在的需要はあったとのこと。案の定、リテラもこの点を省略しているなw
 導入の経緯調査の熱の入り具合に比べて、廃止の経緯については適当だ。分量も1/10位だし。1987年にセクハラの概念登場、1994年のシンガポール日本学校でのブルマー強制問題を朝日新聞が報じ、嫌がるブルマーを穿かせるのはセクハラでは?の機運が醸成(おのれ朝日新聞…!)、また一方、NBA発のダボダボユニフォームファッションがJリーグへ波及した事により人目に触れる機会が増え「ダボダボで中途半端な長さのズボンでもスポーツウェアとしてOKなのだ」という認識が広まった事に拠りこれがブルマの代替となり一気に切り替え…とか何とか。取材も行わず資料も上記の新聞記事程度、後は全て雑な推測であり明らかにやる気が感じられない。まぁやる気が出ない事自体には共感できるのでこれは致し方ない所だろう。
 どちらも切り替わる時は一斉に、なのは教員の上意下達、右に倣え体質かな。
 問題は最後の章。ブルマーが30年間続いた経緯についての8章に至ってもはや筆者の妄想だけがダラダラと続くのである。最初に「学校が生徒の体操着に殆ど関心が無かったから。実際文献も無いし」と答えを自分で書いているにも関わらず、前述のシンガポール日本学校の体育教師が女性だった、という一点から妄想を逞しくしてあれこれ続ける。「婦徳派はブルマーを穿く少女たちに恥じらう女の姿を垣間見て」云々てなんだそりゃ当事者誰もそんな事言ってないし。筆者の性癖か。羞恥プレイが好きなのか。まったく人文系の本で“まなざし”という単語が出てきたら妄想注意、特に鍵括弧で括った平仮名の“「まなざし」”となると寝言確定なのである。前半は良かっただけに最終章で台無しの惜しい本だ。
 尚、表紙にデーン!と乗ってるブルマ、これはおそらく、実家が洋品店である筆者が実物を所持していると後書きで誇らしげに述べている「尾崎商事JP1000番のタイツ(ブルマ)」だろう。中体連推薦マークも付いている。

ブルマーの謎: 〈女子の身体〉と戦後日本
山本雄二
青弓社
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*1:ファッションが流行するのとは異なり、学校の制服である。学校の先生がそんな事でわざわざ体操服を切り替えないだろう、しかも一斉に。という話。

*2:ちなみに氏は日本スク水界の高杉晋作でもある偉人だ。