私は人権とは貨幣と同様、人間集団が暮らす為に歴史の中で発明された、人間同士の取り決めだと考えている。今や必要不可欠とは言えあくまで人間の決めた事である、というか卑しくも現代日本の常識人なら皆そう考えていると思うんだけど、どうも人間社会の歴史や状況とは無関係に、神聖にして不可侵の「人権」なるものが独立して予めどこか(どこ?イデア界?)に実在しており、人間は歴史の中でそれを「発見」してきたのだ…という史観の人と会話してしまった。え?歴史法則主義?ユートピア的社会工学
まぁ「発見」の過程を天動説と地動説に例えて私に教育しようとしたので序盤で一笑に付さざるを得なかったが…(多分、彼は、地動説前から地球は太陽の周りを回っていたように、18世紀に人権論者が「発見」する前から「人権」は「実在」したのだ、という話をしたかったのだと思う。私はルソーのは商工業の発展による貴族と平民のパワーバランスの変化に応じた後の革命と民主主義を正当化するために発明されたと考える。社会のパワーバランスの変化が先)アレはもしや話の入口のフリに過ぎず、気長に付き合ったらもっと深い話が聞けたのだろうか…。でも別のTweetで中学の公民云々とか言い出してたし、何かの説明をする際、いきなり別の例え話を始める奴は無能と決まっているのでまぁいいわ。
つか人権素朴実在論信奉者の人は自己評価が高過ぎ。どうも自分の事を頭が良い上に博識で徳も高いと思っており、自分に賛同しないのは相手の理解が不足しているからと信じこれを疑わない。
人間社会のありようと独立した人権とか、猫のないニヤニヤ笑いのごとくと思うんだけど、人類誕生前からあったというのか。三畳紀後期のカモノハシっぽい奴の頃、いや、宇宙開闢前から「人権」が…。