「ソーカル事件」とは。
物理学者ソーカル博士が、権威あるポストモダン哲学雑誌に、出鱈目な物理学用語をそれっぽく使ったパロディ論文を投稿したら査読を通ってしまい、ラカンだデリダだ言ってたフランス流現代思想の面目丸つぶれ事件である。
その後、フランス現代思想家 vs. アメリカ科学者が舌戦を繰り広げ、これを「サイエンス・ウォーズ」と言うらしい。
事件に関する書籍がいくつか出ていて、「知の欺瞞」が科学サイドから、物理や数学をいい加減に援用するポストモダン思想をプゲラッチョする本、「アナロジーの罠」がフランス人文サイドからフランスの学問の風潮を叱り嘆く本、「とある魔術の禁書目録」が科学と魔術が交差する時、物語は始まる。本書はあれから20年経った所で左派人文系哲学者が振り返り、近年は概ね科学サイドは政治的には右派、思想サイドは政治的には左派とされ、また良識ある進歩的人間なら左派である事が大前提にも関わらず、科学的思考が右派のものでは困るではないかという、ソーカルの問題意識を酌んだ本。

いや一読して驚きましたわ。
2010年の本なのにまだグールドを賞賛している。IQもg因子も否定、まだ知能の研究はバート博士の捏造ニセ科学扱いですよ。しかもあの多重知能理論支持。えー。マジー?「IQ研究は社会を分断する面がある事を思えば、これを学校教育のプログラムに含めないのが適切なのは明らかだろう」とまで言ってる。グールドと言えば今や、IQ否定で勢い余って構造方程式モデリング手法自体を全否定して心理学の研究者からボコられ、淘汰と外挿主義の話で進化研究の大御所ドーキンスにボコられ、恐竜博士は化石でも掘ってろよの雑魚学者やんけ。
そしてアファーマティブアクション支持。「競合する理論の多様性を大きくするには、理論家の多様性を大きくすればいい()将来的には、女性、マイノリティ、その他さまざまな偏りをもつひとたちを、理論家として雇用しなければならない」…いや…前半はまぁ分るとして後半、同じカリキュラムで学び同じ選抜を受けた人達の、肌の色だけバラエティ増やして何の意味が…。
んでフェミニズム。フェミニストの珍理論と言えば「知の欺瞞」の中でも素人目にも分り易く頭一つ抜けた最高のトンチキさを誇るサイエンスウォーズの白眉なんだけど、「フェミニストのこの集団は、自然主義者のやりかたに反対し()つまりは、科学をより良いものにしようと懸命に努力しているのである」。なにそれ、舐めているのか。本書前半で構築主義者の理論を精査して認めるべきは認め反駁すべきは反駁していた同じ人とは思えぬ雑な物言いよ。つか前半の構築主義の思想家の皆さんも科学を良いものにしようという気持ちはあったのでは…。
全般的に、貶しても抗議活動に来ない学者・思想家には厳しく、貶すと抗議活動に来る黒人と女性には甘い感じの腑抜けた本…というか寧ろ著者が抗議活動に行く口か。

なぜ科学を語ってすれ違うのか――ソーカル事件を超えて
ジェームズ・ロバート・ブラウン
みすず書房
2010-11-20


アナロジーの罠―フランス現代思想批判
ジャック ブーヴレス
新書館
2003-07T