今や世界標準となった(いやまぁ当然だが…)ユニコードの制定に日本の立場からかかわった元ジャストシステムの人の回顧録。
そういえばあったなぁ、日本文藝家協会はじめ文学界隈からのユニコードへの謎の猛批判というかいい加減な風評被害。
本書でも紹介されている
”日本と中国と韓国の漢字の差を区別できないようにしてしまえという乱暴な考え方で作られたのがユニコードというものです”
とか。
これは私の意見だけれど、コンピュータ関係でも特に文字コード界隈は気難しい人が多くfjで年がら年中喧嘩していたよな。今もどこかで誰かがやってるコーディングスタイルや設計手法の争いも大概だけれど、文字コード界隈はマジキチ。どっかの誰かが作った文字コード変換ツールだけで部外者がぎゃーぎゃーそれはもう喧しかった。そういう手合いが世界中から集まって、しかも変換ツールどころか新しく規格を作ろうと話し合うのだからその苦労やいかばかりか。

筆者も結構気難しい系の人らしく、本書でも筆者の好きな人、嫌いな人がはっきりしていて、ユニコードにルビを持たせる提案に反対する理由が「日本語に関する重要な提案を、ぼくたち日本人をさしおいて、米国在住のドイツ人が出してくるのだから」。お、おう…。

私としては6章のJIS2004の制定の経緯のあたりが興味深いと思うんだけど、まだ存命中の日本人が多いからか、あまり戦記という程の揉め事が無かったのか、さらっと流れていた。

「(写植の)罪の部分。書体概念と字体概念の垣根が曖昧になった。例えば明朝体と楷書体。()ところが書体が多様化することによって、デザインが異なっていても字の骨格は同じであるべきだという意識が芽生えてきて、自分の<草>は四画だ、自分の糸偏は”小”の形だと主張し、楷書体の糸偏に”小”の形を、明朝体の<草>に四画の草冠を要求するユーザが現れてきた。活版印刷時代の()職人の教養が伴って無知なユーザからの要求に屈する事はなかったが、写植オペレータは活版職人のような見識を身につける修行の機会も与えられず、異字体や外字の作成も比較的容易だったために、伝統的には書体のちがいとして自然に受け入れられてきた字形の相違が一人歩きをする結果が出来した」

ユニコード戦記 ─文字符号の国際標準化バトル
小林龍生
東京電機大学出版局
2011-06-10